子どもが眠れない夜。
それに付き添う親も、眠れなくなる。
不登校のはじまりの頃、
我が家では「夜」が一番つらい時間でした。
病院を出たのは夜21時すぎ
アナフィラキシーの処置を終えて、
病院を出たのは21時を過ぎていました。
娘の体は落ち着いた。
でも、私の心はずっとざわざわしていました。
👉 そのときの出来事はこちら
不登校の子どもが歯医者で体調悪化|がんばりすぎた日に起きたこと
少しずつ動き出そうとしていた娘
翌日は学校を休みました。
その次の日、
娘は4時間目だけ保健室でテストを受けました。
少しずつ、また前に進もうとしていた。
でもそのあと、3連休に入りました。
「寝ると気持ち悪い」夜が始まった
やっと休めると思っていた連休。
でも1日目の夜から、
「寝ると気持ち悪い、起きてる」
そう言い始めました。
座ったり横になったりを繰り返して、
やっと寝たのは夜中の2時半。
2日目も、夜中に目が覚めてまた眠れない。
病院では「逆流性食道炎かも」と言われ、
薬も処方されました。
それでも、
「やっぱり気持ち悪い」
夜がくるのが怖くなっていった
平日になっても、同じでした。
楽しく過ごしていても、
「寝よう」とした瞬間に気持ち悪くなる。
横になれず、座ったまま。
深呼吸して、吐き気止めを飲んで、
やっと眠れる。
そんな夜が続きました。
昼夜逆転しそうで怖かった
寝る時間はどんどん遅くなり、
朝は起きられない。
「このまま昼夜逆転したらどうしよう」
その不安が、ずっと頭から離れませんでした。
夜眠れない → 朝起きられない → また夜眠れない
そのループに入っていくのが、怖かった。
私も限界に近づいていた
娘が眠れない夜は、私も眠れませんでした。
やっと寝たあとも、
気持ちが張りつめていて眠れない。
気づいたら朝になっていることもありました。
娘のしんどさに寄り添いながら、
私自身の体も、限界に近づいていたと思います。
「学校が原因なのかな」と考え続けた
夜になると、
「明日どうしよう」と考えてしまう。
そのタイミングで、気持ち悪くなる。
昼は大丈夫でも、夜になると崩れる。
その繰り返しでした。
「学校のことを考えると体が反応してるのかな」
そう思いながらも、
どうしてあげたらいいのかわからなかった。
夜中に答えを探し続けた
眠れない夜、
私はずっと調べていました。
本を読んで、
病院を探して、予約を入れて。
「何かできることはないか」
それだけを考えていました。
休み明け、静かな教室へ
連休明けは学校を休みました。
でもその日の夕方、
担任の先生が来てくれて、
誰もいない教室へ連れていってくれました。
静かな教室の中を、
娘はそっと歩いていました。
少しでも安心できるようにという、先生の配慮でした。
図工の日、最後のがんばりへ
その2日後、
図工のある日がやってきました。
「好きな授業なら行けるかもしれない」
そう思って迎えたその日は、
結果的に——
娘が学校に行けなくなる前の、
最後のがんばりになりました。
👉 その日の様子はこちら
不登校の子が図工だけ教室へ|がんばれた日と次の日の反動
手探りで答えを探していた
この頃の私は、
ずっと手探りでした。
眠れない夜、
終わらない不安、
先の見えない毎日。
それでも、
「どうにかしたい」
その気持ちだけで、動き続けていました。
同じ状況のお父さん・お母さんへ
子どもが眠れない夜が続くと、
親もどんどん削られていきます。
「なんでこうなるんだろう」
「どうしてあげたらいいんだろう」
その気持ちは、とても自然です。
答えがすぐに見つからなくても、
「なんとかしたい」と思っている時点で、
もう十分がんばっています。
おわりに
この頃から、
娘は少しずつ学校に行けなくなっていきました。
でも同時に、
私の中でも変化が始まっていました。
「原因を探す」から
「合うサポートを探す」へ。
その視点の変化が、
これからにつながっていきます。
👉 次の記事
図工の時間だけ教室へ|娘が勇気を出した日と、その次の日の反動

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