不登校になってしばらく経った頃。
少しずつ落ち着いてきたように見えて、
家庭学習もほんの少し始めていました。
でも、続けることは簡単ではありませんでした。
その日も、
漢字プリントと算数プリントを3日続けていたところでした。
朝、娘は
「友達に仲間はずれにされる夢を見た」
「家来の役をさせられた」
と話していました。
嫌な夢を見た朝でした。
「今日はゆっくりでもいいかな」
と思いながら、魔女の宅急便を見始めて。
途中でレジンをやったり、
また映画を見たり。
「あとちょっと見たらやる」
「あとでやる」
を繰り返していました。
気づけば1時間以上経っていて、
やっとスマイルゼミ。
その時点でもうお昼でした。
「プリントは、あとでバナナケーキ焼きながらやろうね」
そう言っていたのに、
午後になると今度は『思い出のマーニー』を見始めて。
「プリントと本読みやらないとだよ」
「やってから映画にしよう」
そう言っても、
「あとちょっと」
の繰り返しでした。
結局、バナナケーキも私が作ることになり、
やっとプリントを始めたと思ったら、
「文章問題わかんない」
「やだー」
読んであげても、
「わかんないー」
教えても、
「わかんないー」
やっと少しできたと思ったら、
「それくらいわかる」
と言われて。
その瞬間、ぷつんと切れてしまいました。
「やるって約束したでしょ!」
「映画2つも見たじゃん!」
「見てからって言うから待ってたのに、結局できないじゃん!!」
娘は大泣き。
私もイライラして、
本を叩きつけて、大きな声で怒ってしまいました。
すると娘は、もっと大泣き。
そのあと、今度は私がベッドで泣いていました。
「何やってるんだろう」
そう思いながら、声をあげて泣いていたら、
娘が泣きながらこっちに来てくれて。
少し泣いたら、少しだけスッキリしました。
でも同時に、
「私は、勉強させたいんじゃなくて、不安なんだ」
と気づいた気がしました。
学校に行けなくなって。
勉強も進まなくなって。
周りと比べてしまって。
「このままで大丈夫なのかな」
その不安が、
“やらせなきゃ”に変わっていたのかもしれません。
後日のカウンセリングでは、
「今、すごくいい感じで回復してきていますね」
と言ってもらいました。
娘のことだけではなく、
私にも少し一人時間ができてきた頃で、
「お母さんも、ちゃんと休める時間ができてきましたね」
と一緒に喜んでもらえたことが、うれしかったのを覚えています。
でもその頃の私は、
「元気になってきたなら、勉強も片付けも少しはできるんじゃないか」
と思っていました。
片付けを何度言ってもやらなくて、
イライラしてしまうこともありました。
すると先生は、
「できる・できないではなく、今は“余計なエネルギーを使いたくない”状態なんだと思います」
と話してくれました。
「よくばって、あれもこれもやろうとすると、またストレスで苦しくなってしまうんです」
「今は、赤ちゃんみたいに甘やかすくらいでいいんですよ」
その言葉に、私は驚きました。
「家の中が安心できる場所になると、今度は外にも少しずつ興味が向いていきます」
「片付けや勉強は、そのあとでも大丈夫」
そう言ってもらって、
私はずっと“回復してきたなら、もうできるはず”と思っていたことに気づきました。
「やっていないんだから、できなくて当たり前」
「しょうがないよね」
そう思えた方が、
余計なストレスが減って、結果的に回復も早くなる。
先生はそう話してくれました。
もちろん今でも、
焦る日があります。
「もう少し勉強した方がいいんじゃないか」
と思うこともあります。
でもあの日のことを思い出すと、
“今必要なのは安心できる時間かもしれない”
と思い直します。
あの頃の娘は、
YouTubeを見たり、
家で遊んだりしながら、
少しずつエネルギーをためていた時期でした。
👉 不登校ピーク時の娘の過ごし方|YouTubeばかりだった日々
そして少し落ち着いてきてから、
ゲームや工作、お絵描き、ほんの少しの家庭学習をしながら過ごしていました。
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