あの頃の私は、
「学校を休んでいる分、少しでも勉強をさせた方がいい」
そう思っていました。
遅れないように。
少しでも安心できるように。
そんな気持ちで、できそうな日にはプリントをやらせていました。
でも今思うと、それは娘にとって
“回復”ではなく、“負担”だったのかもしれません。
できる日に勉強させていたら、あとから崩れていた
勉強をしたその日は、
一見、大丈夫そうに見えることもありました。
でも、その日の夜や次の日になると、
体調が悪くなることが増えていきました。
「気持ち悪い」
「動けない」
最初は、たまたまだと思っていました。
でも、それが何度も続いて、気づいたんです。
「がんばった後に、崩れている」
もしかしたら、無理をさせてしまっていたのかもしれない。
そう気づいたのは、そこから4ヶ月も後のことでした。
もっと早く気づけていたら。
そんな思いが、頭をよぎったこともありました。
「できる時にやればいい」は、本当に“できていた”のか
「できる時にやればいい」
そう思っていたけれど、
その“できる”は、本当は無理をしていた状態だったのかもしれません。
HSCの特性が関係していたのかもしれない
あとから振り返ると、娘にはこんな様子がありました。
・バツがつくのが嫌
・間違えるのが怖い
・「わからない」がつらい
・文章を読むだけでも疲れてしまう
ひとつひとつは小さなことに見えても、
全部が重なると、大きな負担になっていたんだと思います。
がんばるほど、疲れてしまう。
そんな状態だったのに、私はさらに
「がんばらせよう」としていました。
「がんばる」が逆効果になることもある
その後のカウンセリングで、こう言われました。
「今は、脳がとても疲れている状態です」
必要なことを選んだり、
いらないものを後回しにしたり、
そういう調整が難しくなっている。
全部をそのまま受け取ってしまう状態。
だからこそ、少しのことでも
強い負担になってしまう。
その話を聞いて、やっとつながりました。
「勉強したあとに崩れる理由」
あの子は、サボっていたわけじゃなかった。
むしろ、見えないところで、ずっとがんばっていたんだと思います。
あの時、必要だったのは「がんばること」じゃなかった
あの頃の私は、
「どうにかしなきゃ」と思っていました。
でも本当は、必要だったのは
がんばらせることじゃなかった。
休ませること。
安心させること。
それだったのかもしれません。
もしあの時に戻れるなら、
「何もしなくていいよ」って、
もっと早く言ってあげたかった。
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🌱まとめ
「できる時にやればいい」
そう思っていたけれど、
その“できる”は、本当は無理をしていたのかもしれません。
がんばらせることが、
逆に苦しめてしまうこともある。
この気づきは、
これからの関わり方を考える
大きなきっかけになりました。
同じように“がんばらせた方がいいのかな”と悩んでいる方に、少しでも届いたら嬉しいです。

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