一年生の夏休みに、
「Aちゃんがいないと気持ち悪くなる」と気づいてから、私は何度も言い聞かせてきた。
「Aちゃんがいなくても、他にもお友達いるから大丈夫だよ」
でも——
その気持ちは、体には届かなかったみたいだった。
👉 このときの出来事は
「一年生の夏休み、気持ち悪さの裏にあった娘の不安」で詳しく書いています。
2年生の夏休み、はっきりとした拒否
2年生の夏休み。
児童クラブに仲良しのAちゃんがいない日は、週に2日くらい。
他にもお友達はいるし、先生もいる。
それでも朝になると、娘は言った。
「気持ち悪い…行きたくない」
一年生のときとは違っていた。
「行きたいけど行けない」ではなく、
はっきりと「行きたくない」
その変化に、私は戸惑った。
行けた日と、行けなかった日
なんとか行けた日もあった。
でも結果的に、
夏休みの間、半分くらいしか行けなかった。
一年生のときの経験が、
体に刻まれてしまったのかもしれない。
「Aちゃんがいない日は気持ち悪くなる」
そのパターンを、体が覚えてしまっていた。
👉 この“体に刻まれる不安”については
「子どもの気持ち悪い・お腹痛いは不登校のサイン?」でもまとめています。
行けない日、どう過ごしていたか
仕事がある日は、じぃじばぁばの家へ。
娘にとって祖父母の家は安心できる場所で、
遊びながらのんびり過ごせた。
何日かは、私の職場にも連れていった。
最初は楽しそうだったけど、
ずっと話せるわけでもなく、できることも限られる。
何日かで「行きたくない」と言うようになった。
それはそうだよね、と思った。
子どもが一日過ごせる場所じゃない。
でもそのときは、それしか選択肢がなかった。
家では元気になる姿を見て思ったこと
どうしても休むしかない日は、家で過ごした。
YouTubeを見たり、絵を描いたり。
好きなことをしているうちに、
少しずつ元気が戻ってくる。
朝の「気持ち悪い」が嘘みたいに、
家では普通に過ごせていた。
だからこそ、思ってしまった。
「じゃあ行けるんじゃないの?」
でもそれは、
安心できる場所では体の緊張が解けるということだった。
仮病でも、甘えでもなかった。
👉 “家では元気なのに外ではつらい”という状態については
「小学校入学で感じていた違和感」の記事でも書いています。
「大丈夫」と言い続けていたけれど
私はずっと言っていた。
「Aちゃんがいなくても大丈夫」
でも——
娘の体は、大丈夫じゃなかった。
言葉で安心させるには、限界がある。
繊細な子の不安は、
「大丈夫」で上書きできるものじゃない。
体が「安心」を覚えていくことでしか、
少しずつ変わっていかないんだと思う。
あのときの私へ
あのときの私は、精一杯だった。
でも今なら思う。
もう少し早く気づけていたら、
何か違っていたのかなって。
同じ状況のお父さん・お母さんへ
夏休みに「行きたくない」と言い始めたとき。
最初はきっと、
・夏バテかな?
・気分の問題かな?
そう思うと思います。
でも、それが続くなら。
「どんなときに気持ち悪くなるの?」
そうやって、責めずに聞いてみてください。
子ども自身も、理由がわかっていないことが多い。
でも、ぽつっと本音が出てくることがあります。
うちの娘のように。
行けない日は「充電の時間」
行けない日の過ごし方に、正解はありません。
でも今は思います。
安心できる場所で、好きなことをする時間は、
ちゃんと心の充電になっている。
おわりに
この夏休みが終わり、2学期が始まりました。
学校の朝、また「気持ち悪い」が増えていく。
夏休みに体に刻まれた不安が、
そのまま新学期に持ち越されていきました。
そしてこの頃の私はまだ、
「なんとかすれば戻れる」って思っていました。
まさかこのまま、不登校につながっていくなんて——
想像もしていませんでした。
👉 「2年生の夏休み明け、休みがちになっていった日々」へ続きます
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